ある朝、夫がいなかった。

荷物の一部がなくなっていた。財布も、スマホの充電器も。子どもはまだ寝ていた。私はしばらく玄関の前に立ち尽くしていた。

「どこに行ったんやろ」より先に、「これ、どうすればいいんやろ」が頭に浮かんだ。


夫の失踪が「初めて」じゃなかった理由

うちの夫が初めて失踪したのは、その日が最初じゃなかった。

それまでにも、数日間連絡が取れないことが何度かあった。そのたびに戻ってきて、「ちょっと気持ちがしんどかった」みたいなことを言って、また日常が始まる——そういうパターンを繰り返していた。

だから最初は「また同じかな」と思っていた。でも、今回は違った。

1週間経っても連絡が来ない。職場にも連絡が取れないと確認した。実家にも「居場所は知らない」と言われた。

そこで初めて、これが「失踪」だと認識した。


失踪届を出しに警察へ——手続きの流れ

夫がいなくなってから1週間ほど経ったころ、警察に相談した。

「失踪届(行方不明者届)」というものがあることは、ネットで調べて知っていた。ただ、実際にどう動けばいいかはよくわからなかった。

警察署への相談

まず近くの警察署に電話して、「夫と連絡が取れなくなった、失踪届を出したい」と伝えた。

「まず来てください」という返事で、窓口に行くことになった。

持参したもの:

  • 自分の身分証
  • 夫の写真(スマホの画像で可と言われた)
  • 夫の基本情報(生年月日、職業、車のナンバーなど、わかる範囲で)

窓口では担当の警察官が話を聞いてくれた。「本人の意思で家を出た可能性はあるか」「借金や精神的なトラブルはあったか」などをひとつひとつ確認された。

届を出したからといって、すぐに警察が動いてくれるわけではない。

それは最初にはっきり言われた。本人が自分の意思で出ていった場合、捜索義務はないと説明された。捜索願ではなく、あくまで「行方不明者届」として受理されるということ。

でも届を出しておくことで、万が一の際(事故、病院への搬送など)に本人と結びつけてもらいやすくなる。それだけでも出す意味はあると思って、手続きを終えた。

失踪届を出して「安心」はしなかった

正直に言う。

失踪届を出したあと、気持ちが楽になったわけじゃなかった。

届を出したことで夫が帰ってくるわけでも、すぐに離婚できるわけでも、生活が安定するわけでも何でもない。「記録として残った」それだけやった。

ただ、「何もしていない」という状態から「一つ動いた」という状態に変わった。それが当時の自分には、少しだけ必要やった。


失踪中に困ったこと——手続きの現実

夫の失踪でいちばん困ったのは、「婚姻関係が続いている」という事実やった。

失踪しても、離婚届を出していない限り、戸籍上は夫婦のまま。それが、あらゆる手続きの壁になった。

保育園の手続き

子どもを認可保育園に通わせていたので、毎年の継続手続きが必要やった。

そのとき市役所の窓口で言われた。

「夫の就労証明が必要です」

連絡が取れない夫に就労証明を書いてもらうことはできない。失踪届を出している旨を説明したが、窓口の答えは変わらなかった。

「とにかく連絡を取って書いてもらってください」

失踪届まで出している人間に「連絡を取れ」。

頭の中でどこかがプツンと切れる音がした気がしたけど、それでも「わかりました」と言って帰るしかなかった。

結局、市役所を何度も往復して、担当者が変わったタイミングでようやく話が通じた。担当者によって対応がまったく違うというのは、あのとき初めて実感した。

離婚を進めようとしたが……

夫が戻ってこない状況が続いて、離婚を進めようと動き始めた。

当時の制度では、協議離婚には夫の署名・押印が必要だった。連絡が取れない夫に署名をもらうことはできない。

弁護士への相談も検討したが、費用の問題があった。まずは法テラスに連絡した。

法テラスでは、収入要件を満たせば弁護士費用の立替制度が使えると説明された。離婚の法的手続きについては、調停や裁判という方法もある——そういった選択肢を教えてもらった。

全部をその場で解決するのは無理やったけど、「選択肢はある」とわかったことで、少し落ち着いた。


失踪中の生活——子どもと2人でやっていくこと

夫がいない期間、収入はほぼ自分の給与だけになった。

夫の収入に頼っていた分がそのまま消えた。でも支出はほとんど変わらない。家賃、保育料、食費、光熱費。

毎月の収支を計算し直した。削れるものを削った。

外食をやめた。サブスクを見直した。子どもの習い事の費用を一時的に保留にした。

「節約する」じゃなくて「生き延びる」という感覚に近かった。

子どもには、できるだけ普段通りの毎日を送らせようとした。「パパは?」と聞かれるたびに、どう答えるか毎回迷った。嘘はつきたくなかったけど、全部話せる年齢でもなかった。「今は会えない」とだけ伝えていた。

そのやりとりが、当時いちばんしんどかった。


夫が「戻ってきた」とき

何度かの失踪を繰り返して、夫は戻ってくることもあった。

戻ってきたときは、感情より先に「やるべきこと」が頭を占領した。

離婚の話し合い、住民票の手続き、子どもの前でどう振る舞うか——考えることが山積みで、「戻ってきて安心した」という気持ちにはなれなかった。

夫婦としての関係はとっくに終わっていた。でも、手続きという意味では、夫がいないと進められないことが山ほどあった。

連絡がついたタイミングで、養育費よりも先に離婚届の署名を優先した。子どもの前で泣いたのは、このときやった。


同じ状況にいる人へ

夫と連絡が取れなくなったとき、何から手をつければいいかわからなかった。

今振り返って、「やっておけばよかった」と思うことを書いておく。

1. 失踪届(行方不明者届)は早めに出す 本人の意思で出ていった可能性があっても、届を出すことはできる。後の手続きで「警察に届を出している」という事実が証明として使えることがある。

2. 法テラスに早めに相談する 0570-078374(全国共通)。無料相談・費用立替の制度がある。離婚の手続きについて、弁護士に一度聞くだけでも選択肢が広がる。

3. 市役所は担当者によって対応が変わる 同じ窓口でも、担当者が変わると話が通る場合がある。「前回こう言われた」と具体的に伝えながら、何度でも確認しにいくしかなかった。

4. 記録を残す 相談した日付、担当者、言われた内容——メモでもスマホのメモアプリでもいい。後で「言った・言わない」になったとき、記録があると動きやすい。


きれいな解決策なんてなかった。

制度を一つ一つたどって、担当者を変えてもらいながら、少しずつ動かしていくしかなかった。

でも、同じ状況にいる人に伝えたいのは、「知らないままでいると、使えるはずのものを使えない」ということやと思う。

失踪した夫のせいで、あなたが損をしたままでいることはない。