離婚届を出した日のことを、今でもよく覚えている。
朝から雨が降っていた。子どもを保育園に預けて、ひとりで役所に向かった。窓口に届け出を出した瞬間、なぜか泣けなかった。「終わった」という感覚より、「これからどうしよう」という恐怖のほうが先に来た。
通帳の残高は、ほぼゼロだった。
「貯金ゼロ」というのは、比喩じゃない。生活費の立て替えや、離婚に向けての諸々でじわじわ減って、手元に残っていたのは数万円だけだった。子どもと2人で、この先どうやって生きていくんだろうと、帰り道の傘の中で何度も頭の中で繰り返した。
でも、立ち止まっている時間はなかった。
この記事では、そこから私が実際にやった3つのことを書く。きれいごとは抜きで、正直に。同じ状況にいる誰かの「最初の一歩」のヒントになれば、それだけでいい。
まず役所に行った——離婚後すぐにやった手続きのこと
離婚届を出した足で、そのまま担当窓口に向かった。
「シングルマザーが使える制度を教えてください」
そのひと言を言うのに、すごく勇気が要った。「私はシングルマザーです」と口にすることが、なんとなくまだ怖かった。でも言ってよかった。窓口の担当者は丁寧に、一つひとつ説明してくれた。
その日に案内してもらったのは、主にこのあたりだった。
- 児童扶養手当(ひとり親家庭への給付金)
- 医療費助成(ひとり親家庭等医療費助成制度)(自治体によって名称が違う)
- 国民健康保険・国民年金への切り替え(会社員の扶養を外れる場合)
- 子どもの健康保険の手続き
- 児童手当の受給者変更
正直、一度に全部は頭に入らなかった。担当者に「メモしてもいいですか」と聞いて、ノートに書き留めながら聞いた。もらったパンフレットが何枚もあって、帰りのバッグがパンパンになった。
でも、あの日役所に行って、「自分が使える制度がこれだけある」と知れたことで、少しだけ息ができた気がした。
「知ること」自体が、お金になる。そういうことを初めて実感した日だった。
**手続きは一日で全部終わらなくていい。**まず「何があるか」を知るだけでも、全然違う。離婚直後の頭がぐるぐるしているときに、完璧にやろうとしなくていい。まず行くことが大事だと思う。
児童扶養手当を申請した——2年越しの申請で知った「制度の現実」
役所で案内されたなかで、いちばん気になったのが児童扶養手当だった。
でも私は、離婚後すぐには申請できなかった。
最初の壁:住民票が一緒のまま
原因は、元夫が住民票を移してくれなかったこと。
離婚はしても、住民票が同一のままだと、ひとり親として認定されない。児童扶養手当は申請できない仕組みになっている。
世帯分離の手続きはした。でも住民票が「一緒」である事実は変わらないから、手当はもらえないまま。担当者にそう言われたとき、頭が真っ白になった。
「離婚したのに、なんで?」
元夫は最終的に失踪し、連絡がつかなくなった。住民票を動かすよう頼むことも、もうできなかった。
さらに、その頃はほかの問題も重なっていた。認可保育園を継続するために市役所の手続きが必要で、窓口に行くと「夫の就労証明が必要です」と言われた。
でも夫は失踪していて、連絡が取れない。失踪届まで出しているのに、市役所の答えは「とにかく連絡を取って、就労証明を書いてもらってください」の一点張りだった。
…知らないってなった。
連絡が取れないから困ってる。失踪届を出してる人間に「連絡を取れ」って何なんだ、と。完全に八方塞がりで、制度の前で打つ手がなかった。養育費の取り決めも整っていない中で、離婚届をどのタイミングで出すかも悩んでいた。結局、養育費の合意より先に離婚届を出すことを優先した。先が見えない中で、一つひとつ判断するだけで精一杯だった。
これを読んでいるあなたが同じ状況にあるなら、伝えたい。あなたのせいじゃない。制度の側がおかしいんだ。
2年後にやっと申請——でも今度は別の壁
住民票の問題がようやく解決して、申請できるようになったのは、離婚から2年後のことだった。
ところが窓口に行くと、「2年以上経過しているので、民生委員の証明書が必要です」と言われた。
民生委員。正直、それまでほとんど関わりのない存在だった。連絡先もわからなくて、探して連絡しようとしても、なかなかつながらない。
「行政が間に入って調整してくれるのか」と期待したが、何もしてくれなかった。自分で動くしかなかった。
途方に暮れて、ClaudeAIにも相談した。制度の調べ方や、民生委員へのアプローチ方法を一緒に整理してもらいながら、何とか前に進んだ。
やっと受理されたけど、もらえる金額はほぼゼロ
民生委員の証明書もそろえて、やっと申請が受理された。
そして審査結果——フルタイムで働いていたため、支給額はほぼゼロだった。
ここで少し、私の状況を正直に書いておきたい。
私はもともと、離婚前から時短勤務で働いていた。専業主婦だったわけじゃない。育休・産休を経て今の職場に復帰できていて、その後フルタイムにもさせてもらえた。「仕事を一から探さなくてよかった」——これが、私にとって本当に大きかったと思う。
ただ、これはたまたま私がそういう状況にあったというだけで、すべてのシングルマザーに当てはまる話じゃない。職場復帰できる環境がある人もいれば、そうじゃない人もいる。この記事を読んでいる方の中に「仕事がある私とは違う」と感じた人がいたとしたら、それはあなたのせいじゃない。状況が違うだけだ。
正直、拍子抜けした。2年かけて、ここまでやって、これか、と。
でも、ゼロじゃなかった。
医療費助成は、もらえた。
子どもの医療費の自己負担がなくなる。地味に見えるかもしれないけど、子どもが病気になるたびに「またお金が……」と思わなくていいのは、シングルマザーにとって本当に大きい。
窓口は「聞かないと教えてくれない」
2年かけて申請してわかったのは、窓口はこちらが聞かないと教えてくれないということだ。
担当者によって対応も全然違う。親切に説明してくれる人もいれば、聞いても「それはちょっと……」と曖昧な答えしか返ってこない人もいた。
制度が複雑なのはわかる。でも、知らないままでいると、使えるはずのものを使えないまま終わる。
だから、まず自分で調べることが大事だと思う。制度を正しく理解した上で窓口に行くと、聞けることの精度も変わってくる。
あなただけじゃない。こんなに複雑で、こんなに時間がかかって、それでも「たいして支給されなかった」という経験をしているひとり親は、きっと少なくない。しんどいのは、あなたのせいじゃない。
市営住宅に申し込んだ——応募から当選まで
住む場所の問題は、離婚前から頭を抱えていた。
当時住んでいた家は、元夫との名義の賃貸だった。離婚後は出ていかなければならない。でも、手元にお金はほぼない。賃貸を借りようにも、敷金・礼金・引越し費用を合わせると数十万円はかかる。シングルマザーで無職(当時は求職中だった)という状況では、審査が通るかどうかも怪しかった。
そんなとき、役所の窓口で教えてもらったのが市営住宅だった。
「自分には関係ない」と思っていた
市営住宅というもの自体、それまで深く考えたことがなかった。「低所得の人が入るところ」というぼんやりしたイメージはあっても、自分が申し込む対象だとは思っていなかった。
でも、担当者に話を聞いてみると、ひとり親家庭は優遇措置があり、一般の抽選よりも当選しやすいケースがあると知った(自治体によって制度は異なる)。家賃は所得に応じて決まるので、収入が少なければ少ないほど、負担も軽くなる。
「申し込まない選択肢はない」と思った。
申し込みの流れ
市営住宅の申し込みは、自治体ごとに受付期間がある。年に数回、募集がかかるタイミングで申し込む仕組みだ。
私がやったことの流れはこうだった。
- 役所で募集案内をもらう(または自治体のウェブサイトを確認する)
- 申し込み書類に記入して提出する(郵送または窓口)
- 抽選
- 結果通知(当選・落選の連絡)
- 当選した場合は、入居審査・書類提出・内覧・入居手続き
必要な書類は、収入証明・住民票・戸籍謄本など、児童扶養手当の申請と重なるものが多い。一度にまとめて取っておくと効率がいい。
当選してから入居までは、書類のやりとりや内覧の日程調整などがあって、1ヶ月以上かかった。その間は実家に身を寄せていた。
当選通知が届いた日
封筒が届いたとき、すぐには開けられなかった。
「落ちてたらどうしよう」という気持ちが先に来て、しばらく机の上に置いたまま別のことをしていた。深呼吸して、開けた。
「当選」という文字を見た瞬間、なんにも考えられなくなった。
子どもには、その日の夜ごはんのときに「新しいおうちに引っ越せるよ」とだけ伝えた。まだ小さかったから、どういうことかはわからなかったと思う。でも「やったー」と言って笑ってくれた。その顔を見て、初めてほっとした。
それでも前を向けた理由
貯金ゼロ、住む場所なし、仕事も不安定。
客観的に見れば、最悪のスタートだった。でも今振り返ると、「動いたから何とかなった」という感覚しかない。
動けた理由は、たった一つだ。子どもがいたから。
「自分ひとりだったら、もう少しぐずぐずしていたかもしれない」と思う。でも子どもがいると、立ち止まれない。ごはんを食べさせないといけない。保育園に連れていかないといけない。お風呂に入れないといけない。その日常のルーティンが、私を前に進ませてくれた。
それから、「制度を使うことは恥じゃない」と思えるようになったことも大きかった。
最初は、児童扶養手当を申請することも、市営住宅に申し込むことも、どこかに「負けた感」があった。「こんな制度に頼らないといけないくらい、追い詰められたんだ」という気持ち。でも使ってみてわかった。これは「弱者への施し」じゃない。ひとり親で子どもを育てる人が、きちんと生活できるように社会が用意したシステムだ。使っていい。使うべきだ。
そう思えるまで、少し時間がかかったけれど。
ただ——ここで一つ、正直に言わなければいけないことがある。
私が「何とかなった」背景には、職場という土台があった。離婚前から時短勤務で働いていたこと、育休・産休を経て戻れる職場があったこと、その後フルタイムに切り替えられたこと。仕事を一から見つける必要がなかった、というのは、今思えばとても恵まれていた。
「仕事があればなんとかなる」というのは、言葉として簡単に見える。でも、その「仕事がある」という状態がいかに難しいか——小さな子どもを抱えて、キャリアがゼロに近い状態から再スタートしようとしている人には、その言葉がかえって苦しいこともあると思う。
この記事が参考になる部分もあれば、「私の状況とは違う」と感じる部分もあるはずだ。それはそれでいい。私の経験の一部として読んでもらえれば、それで十分だ。
最後に
私は貯金ゼロで離婚届を出して、2年かけて児童扶養手当の申請をして、市営住宅に入った。
制度には何度も壁があった。住民票の問題、失踪した元夫、民生委員の証明書、支給額ほぼゼロという結果。それでも、手続きを続けた先に、医療費助成と家賃の安い住まいがあった。
きれいな話じゃない。でも、これが実際に起きたことだ。
こんな経路をたどった人間もいる、というだけの話として、ここに置いておく。
この記事の情報は2026年4月時点のものです。制度の内容・金額は変更される場合があります。詳しくはお住まいの自治体の窓口にご確認ください。